ロバート・ブルーム「飴屋」

メトロポリタン美術館でアメリカ人アーティストの作品が展示されているアメリカン・ウィングを、ぶらぶらと歩いている時に、周りの雰囲気になじまない、けれど見知った匂いがする絵があるのに、気が付きました。なんだろうと思って、近づいてみると、そこには、アメリカ人画家、ロバート・ブルームが描いた、19世紀末の日本の街角の絵がありました。

ロバート・ブルーム「飴家」/Robert Blum "The Ameya"( Oil)

ロバート・ブルームの描いた日本

メトロポリタン美術館は、10点以上、ブルームの作品を所蔵していますが、現在(2018年)展示されているのは、この「飴屋」一点のみとなります。雑誌に日本についてイラストを描くことを依頼されたことから、1890年(明治23年)に来日し、18か月にわたって、油絵、水彩画、パステル画などを制作しました。私は、ブルームについて、まったく知らなかったのですが、ウィキペディアのページが、日本語でも英語でもちゃんとある画家で、日本でも作品集が出版されています。仕事での来日でしたが、その前から日本に来てみたいと思っていたようです。1890年と言えば、日本が数百年に及ぶ鎖国を解いてからすぐのこと、日本とアメリカは、何から何まで違っていたはずです。特に来日直後は、見るものほとんどが目新しいという状態だったのではないでしょうか。そんな中、ブルームは、日本人の庶民の生活を描くことに興味を持ったようです。

メトロポリタンが所蔵するブルームの他の作品は、水彩やパステル画など、もう少しスケッチに近い作品もありますが、この油絵「飴屋」は、細部まで描きこまれていて、写真のように、明治時代の街角の様子が、伝わってきます。私が、ニューヨークの美術館で、予期せず、日本の匂いがしたように感じたのも、納得です。この絵からは、日本の湿った空気や背後の肉屋の匂いが、放たれているようです。

もちろん、私は、明治時代に生きたわけではないので、この空間がどんな匂いの場所なのか正確には知りません。それでも、飴を吹いて動物の形にして売るおじさんをずっと昔、神社のお祭りで見た気がしますし、その時、私は、向かって左側に描かれている女の子のように、首を前に突き出して、じっと見ていたようにも思います。たぶん、この絵を日本で見ていたら、これほど強烈に、日本というものを感じ取ることは、なかったかもしれません。10年以上も日本にほとんど帰らず海外で暮らしていることと、この絵が、アメリカン・ウィングという日本とは異質空間に置かれていたたためでしょうか。「飴屋」は、私にとっては、自分が良く知っている場所が、突然、予想していない瞬間に、目の前に広がったような作品でした。よく考えてみれば、この絵に描かれている日本は、私が住んでいた場所とはかなり違うのですけれど。

美術館の解説によると、ブルームは、飴細工師の芸術的な技術に、興味をもったようですが、それだけでなく、少女たちの顔から着物、後ろで一服する車屋(というのでしょうか)、肉屋の看板まで、リアリズムをもって描き切っています。私が好きなタイプの絵かというと、そうでもありませんが、インパクトと言う意味で、メトロポリタンが所蔵する作品についてブログを書いて行く中では、絶対はずせない一枚です。特に、日本を美化していないところが良いというか、「ここまで描いてくれて、ありがとう。」という感じです。

飴屋を見る女の子たち

実は、この絵を始めた見た時も、もう一度ブログを書くために見に行った時にも、考えたことは、飴屋のことではなく、周りにいる女の子たちのことでした。ブルームが日本のどこで、この絵を描いたのかわかりませんが、この絵に描かれている女の子たちは、確かに存在したのだと思います。みんな、とても若く見えます。

向かって左側の女の子は、10歳もいかない位、向かって右側後方の女の子は、もう少し背が高く、12歳か13歳くらいでしょうか。でも、もしかしたら、二人とも、もう少し年上なのかもしれません。背中まで見える女の子たちは、全員、赤ん坊を背負っています。たぶん、当時、子守は、家族の中で年上の女の子の仕事だったのでしょう。手前の子の背後に、飴を購入して立ち去るらしい子供が、描かれていますが、他の子達は、ただ見ているだけで、飴を買おうとする様子はありません。

この絵から、季節を想像するのは少し難しいのですが、着物の感じから言って、夏ではないようです。赤ん坊がかなり着込んでいるように見えることから、もしかしたら寒い季節なのかもしれません。全員裸足に下駄なので、寒くないんだろうかと少し心配になります。それから、明治のこの頃は、若い女の子は、日本髪を結っていたんですね。

あと、私が気になったのは、この女の子たちは、学校には行っていたのかということです。私の祖母は、大正の生まれだったのですが、農家の子供で、作業のある日は学校を休んで野良仕事を手伝っていて、時々、先生が畑まで呼びに来たりしたと聞いたことがあります。

この絵を見ながら考えるのは、私は、昭和の高度成長期の生まれで、飴屋を夜店で見たことはあったけれど、弟をおんぶして過ごしたことは、一日もなかったということです。もし、100年前に生まれていたら、祖母のように野良仕事で学校を休んだり、この子達のようにお守りが仕事で、飴屋をじっと見るのが楽しみで暮らしていたかもしれません。

けれど、この女の子たちが、私より不幸だったと言いたいわけではありません。誰が誰より幸福かという比較は、簡単には出来ないと思っています。それに、私の小学校や中学校時代も、それなりに大変なことが、たくさんありました。そういうことを思いつつ、女の子たちの表情を見ていると、なんか、せつない気持ちになってくるのです。

ブルームは、この女の子たちを見て、どう思ったのでしょう。やはり、子守をする女の子には、注目していたようです。下の水彩画でも、中心に描かれています。それとも、赤ん坊を背負う女の子は、あまりにもどこにでもいたため、街角の風景を描くと必ず含まれてしまう存在だったのかもしれません。

ロバート・ブルーム「日本の街角 いかお」/Robert Blum "Street Scene in Ikao, Japan" (watercolor)

ロバート・ブルーム「日本の街角 いかお」水彩など

というわけで、本日は、ロバート・ブルームの「飴家」/Robert Blum “The Ameya” (1893)について書いてみました。

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