ポール・セザンヌ「レスタックから見たマルセイユ湾」

まだ学生の頃、ルーブル美術館で、セザンヌの林檎の絵を模写している人を見かけたことがあります。そのころ、セザンヌを全く理解していなかった私は、「なんで、こんな単純な絵を模写してるんだろう。」と不思議に思ったものです。ずっと時間がたってから、セザンヌの絵は、単純というには程遠いものであることを知りました。

セザンヌは、西洋の絵画の歴史において、それまでの常識を打ち破った革新的アーティストであり、モダニズムの原点といわれています。セザンヌは、ピカソやマティス、さらにそれに続く現代絵画に、インスピレーションを与えた画家なのです。セザンヌの作品において、何が革新的であったのかという点においては、いろいろ語られていて、本や論文で議論されています。とくに、それまでの定点から見た景色を忠実に描くという認識を捨てて、複数の視点から見たように、描いたということは、よく知られています。その効果もあって、セザンヌの静物画には、傾いているのか平らなのか、わからないような微妙な雰囲気があります。

セザンヌは、初期のころには、印象派として展覧会に参加していましたが、そこから分離して、一人エクス・アン・プロヴァンスを中心に制作を行いました。彼の絵には、パリの芸術界からは距離をとって、仙人のように、絵のことだけを考えた時間の成果が、凝縮しているのです。

メトロポリタン美術館では、いくつかセザンヌを絵を見ることができますが、今日はその中から、一枚の風景画について書いていきます。

ポール・セザンヌ「レスタックから見たマルセイユ湾」/Paul Cezanne "The Gulf of Marseilles Seen from L'Estaque" Oil

ポール・セザンヌ「レスタックから見たマルセイユ湾」/Paul Cezanne “The Gulf of Marseilles Seen from L’Estaque” Oil

セザンヌの海の色と永遠

セザンヌは、同じ主題の絵を何枚も描きました。例えば、冒頭でも述べたリンゴや梨を並べた静物画、奥さんの肖像画などは各地の美術館で見ることができます。このレスタックという村から見たマルセイユ湾の風景もその一つで、10枚以上制作しています。上の、メトロポリタン所蔵のものと、ほとんど同じ場所から見て描いたと思われる絵もあります、そちらの絵と比べてみると、手前の家の屋根の感じが違っています。セザンヌが、見たものをそのまま描いたのではなく、編集して描いていたということがわかります。

風景画を外で描く場合、目の前にあるものに圧倒されて、絵にして都合の良いように、風景を編集するという余裕が、無くなってしまうことが、私などはよくありますが、別に見たまま描く必要なんてないんです。絵描きにとって大切なことは、絵の中に描かれる風景であって、現実を再現しているかどうかということは、完成作にとっては、意味のないことなのです。

上のセザンヌの絵でも、海の色が塗られいますけれど、海の色がこういう風に見えると言うことは、あんまりないんじゃないかと思うんです。セザンヌは、この絵を外で描いたのでしょうけれど、海の色や空の色、家々の様子などは、セザンヌによるフィクションであるわけです。セザンヌの絵は、「刻一刻と変化してとどまることのない目の前の光景の中にある、『永遠』を表現しようとするものである」というようなことが書いてあるのを、本で読みましたけれど、そういう意味で、モネの睡蓮の絵など、変化そのものが、絵の中に描きこまれている印象の作品とは、違うものであるのです。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」/Hokusai Kastushika "The Big Wave" (Polychrome woodblock print)同じ19世紀の、日本人アーティスト、葛飾北斎の、有名な『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』も、海の向こうに山を望むという構図は、セザンヌの絵と同じです。けれど、比べてみると、北斎の絵では、海がすっかり波打っていて動きを表現ししており、セザンヌが『永遠』をとらえようとしているのとは、まったく違った目的を持って描かれたことがわかります。

セザンヌの構図考察

ポール・セザンヌ「レスタックから見たマルセイユ湾」/Paul Cezanne "The Gulf of Marseilles Seen from L'Estaque" composition

まず、この絵で一番大きな部分を占めるのは、言うまでのなく海なのですが、海が主役の絵と言えるかというと、そうでもありません。詳しく見ていくと、前景に陸が、背景に山と空が描かれていますが、水平線(海と背景を隔てる線)は、必ずしもキャンバスに対して、平行にひかれているわけではないことに、気づきます。山と空を隔てる線、海と陸を隔てる線も、決して、単調ではなく、複雑さというか、動きが出るように、工夫さています。主役というものがなく、全体がまんべんなく強調されている絵と言えると思います。

また、前景部分に小さな面をたくさん配置、後方に行くほど、大きな面となっていますが、これは、セザンヌによくある構図なのです。自然を描く場合、上に行くほど、細かく描きたくなるという、人間の自然心理であるのですが(例えば、枝分かれした木の枝など)、それに逆らって、背景に雲などの詳細を描かず、大きな平面を配置するというが、セザンヌなのです。重力の法則に、逆らった構図といえます。

さらに、見ている人の目を、なるべく長く絵の中に留めるために、矢印のように各方向から、上部に向かって視線が走るように工夫されています。一方向だけの動きでは、絵が単調あるいは平面的になってしまうのです。もちろん、それが狙いの場合、単調であったり平面的であるのは問題ではありません。けれど、そのようなことを避けるための仕掛けを絵の中に入れるのは、画家の選択なのです。

色使いを見てみると、絵の前景に暖色、後方に寒色を主に配置するというのは、遠近法でもよくあることですが、セザンヌは、海や後方の山にも、暖色を混ぜることで、極端に、奥行きある絵になることを避けています。細い筆を使って、戦略的に色を積み重ねるという気の遠くなる作業を、精力的に行っているため、細かい色の変化はありながら、平面的でもあるという、重層的な絵となっています。

一人、エクス・アン・プロヴァンスにこもって制作を続けた晩年、セザンヌは、「人生は悲惨だ。」と訪れた人に、こぼしていたという逸話があります。好きなことに、打ち込み、成果をそれなりに出しながらも、それほど幸せな気分ではなかったというのが、気になるところです。最終的には、気候の悪い日に外で絵を描いたことが原因で、体を壊して、この世を去ったセザンヌ。彼に影響を受けたピカソなど後に続く画家たちから、さらに影響を受けた現在のアーティスト達の作品を見る機会があれば、どのようなことを思うのでしょうか。

というわけで、本日は、ポール・セザンヌの「レスタックから見たマルセイユ湾」/Paul Cézanne “The Gulf of Marseilles Seen from L’Estaque” ca 1885についてでした。

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