ジョン・セル・コットマン 「嵐の前」

ジョン・セル・コットマン 「嵐の前」(水彩)/John Sell Cotman "Storm Approaching" (watercolor)

メトロポリタン690号室が、見のがせない理由

メトロポリタン美術館を訪れて、チケットを買ったりコートを預けたりした後、展示品を見に行く際の入口というのは、左と右、中央の三つあります、中央から入ると、すぐに大きな階段があって、それを上ると、ヨーロッパで1250年から1800年に描かれた絵画が展示された部屋が見えます。このエリアには、かなり大型の絵が多く、有名な作家の絵もたくさんあるので、私なんかは、始めて行った時、何の計画もせずふらふら一人で行ったので、この辺りのある絵にすっかり圧倒されて、そのまま時間がたっていったのを覚えています。

その後、ニューヨークに住むことになって、メトロポリタンにも慣れた今日この頃、二階中央のヨーロッパ画エリアには、「今日は、クラシック画、見るぞ。」という日か、お目当ての作品がある場合以外は、入らないようにしていることに気が付きます。それだけではなく、他の展示エリアに行くために通り抜けたりする場合も、なるべく作品を見ないで早足になっていたり。このエリアにある作品は、体力やエネルギーを消耗する作品(!)が多いので、つい見入ってしまうと他の展示を見る余裕がなくなる可能性があるので、無意識ながら自衛しているようです。

その反対に、行くとかなりの割合でチェックする部屋は、同じ二階、階段を上がって、左側すぐの部屋、690号室です。この部屋では、メトロポリタンが所蔵する鉛筆画、水彩画、版画作品の中から、その時期、選ばれた作品が数十点(二十点から三十点ほどでしょうか)展示されます。キャンバスやパネルに描かれる油絵や彫刻と違って、紙を用いた作品は、常時展示すると損傷がすすむため、展示は限られた時間だけとなっているようで、690号室で、一度に数か月、少しづつ展示しているようです。たいてい小ぶりの作品ばかりで、超有名作品はありませんが、いつ行っても、すっかり魅了される作品が一つはあって、私は、しょっちゅうこの部屋で立ち止まって、作品に触れるギリギリのところまで目を近づけて、絵の細部を見ています。690号室は部屋というより、通路のようなもので、展示品も多くないため、ここで体力を消耗して他がみれないなんてこともありません。

ジョン・セル・コットマン 「嵐の前」

現在(2018年8月末)、この部屋では、最近メトロポリタンの新しい所蔵品となったジョン・セル・コットマンの水彩画やエッチングが展示されています。その中でも、特に私の目を引いた「嵐の前」という作品について今日は書きたいと思います。

ジョン・セル・コットマンは、19世紀初頭に活躍したイギリス人の風景画で、ノリッジ派というグループに属しています。私は、ノリッジ派というものが、どういうグループなのか知らないのですが、19世紀の始めのイギリスといえば、ジョン・コンスタブルや、J.M.W.ターナーなど、私の好きな、水彩画家が活躍した時期です。実際、コットマンはターナーと交流があったようで、この絵も、ターナーの有名なイギリスのテート美術館にある油絵(”Dutch Boat in a Gale”)に、影響されて描かれたようです。私は、イギリスには行ったことがないのですが、有名な水彩画が多く描かれたことや、現在でも水彩画がさかんと聞いたので、イギリスの風景や気候は、水彩画にあっているのではないかなと、想像したりしています。そういう意味では、日本も、水彩画にあっている風土ではないかと、思っているのですが。

コットマンの水彩画の細部について

まず、目を引くのは、私の場合、空と波の描かれ方、その次にボートの細部となります。空は、この絵の中では一番大胆に描かれていて、その次に、波の様子を見ると、色の変化などが、空よりもより細かく描かれているのがわかります。そして、黄色の帆をはった中央右側のボートは、絵の中で最も細部まで描きこまれている部分となります。私も水彩画を描くのですが、細部を描く忍耐力がなく、あきらめてしまう場合が多いので、つい「私には、こんなに細かいところまで描けない。」と思ってしまうのですが、やっぱり我慢強くなることの大切さは、こういう絵を見ると明白なんですよね。

横にはってある美術館による解説によると、透明水彩絵の具の他に、不透明の水彩絵の具も使用されているということです。船の部分は不透明の絵具を使って描かれていると思われます。黄色の帆の船の後ろには、遠方の船が描かれていますが、その船も楊枝の先でも使って描いたのかしらと思うくらい繊細に、細かい部分まで描かれています。

ジョン・セル・コットマン「嵐の前」ボート

このように細部がしっかりかけるというのは、本当に絵が上手いということなんです。鉛筆で描く絵に自信が持てないと筆を持っても、どうしても細部は省略してしまうなんてことになります。美術館に来て、何百年たっても、鑑賞されるマスターの絵を見ると、ほんと、鉛筆画の練習が大切だと教えられます。

ボートの細かく描かれた部分にも関心するのですが、それ以上に、私は波や空の描き方が好きです。解説によると、波の部分には、小麦粉を混ぜて、よりリアルな泡の感じを出す工夫をしているそうです。どうしたら、自分の思うとおりの絵が描けるようになるのかを追及して、色々試してみているという点で、コットマンが技術だけに頼るのではなく、新しい試みにも挑戦するアーティストであったと分かります。

ジョン・セル・コットマン「嵐の前」波

たいていの透明水彩画のクラスでは、白はまず使わないようにと言われることが多いのですが、この絵の、波、空、かもめなどには、不透明あるいは透明の白が使われているようです。

ジョン・セル・コットマン「嵐の前」空

私が、先ほど述べた、船の細部、波のゆらめき、空の順でだんだん大振りな描き方に変化しているという対比が写真で分かっていただけると良いのですが。それにしても、この絵は、ほんとうに、水彩画を描く人間にとっては、その技術がお手本になる作品です。

時に、芸術というのは、「技術じゃないんだ。」ということを言ったりする人がいますが、私は、アーティストにとって鉛筆で描く技術、絵具に対する理解、構図の取り方などの基本は本当に大事だと思います、。良いと言われる作品は、「技術だけではない。」と言えるかもしれませんが、技術があるから、その先もありえるわけで、つま先立ちが出来なければバレエは踊れないというのと同じように、鉛筆で見たものを描く技術があってこそ、その先(例えば抽象化に挑戦するなど)が見えてくるように思うのです。というわけで、コットマンの絵は、水彩画を描く私にとっては、本当に勉強になる絵なのです。

本日は、ジョン・セル・コットマン 「嵐の前」/John Sell Cotman Storm Approaching (1830)を、紹介いたしました。

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