ウジェーヌ(ユージン)・ドラクロワ「フラワーバスケット」

ドラクロワの花の絵

花の絵というのは、色々あります。自然に生えている状態を描いたもの、庭の花、花瓶にいけられたもの、ブーケを描いたものもあります。何の花を描くかや、油絵や水彩画など、どんな画材を使うかによっても、作品の感じは違ってきます。けれど、だいたいにおいて、花の絵は、生きているものの絵なのですが、西洋絵画では静物画の分類されるだけあって、「静止したもの」が主役、という雰囲気のものがほとんどです。ところが、先日、メトロポリタン美術館のドラクロワ展で、ドラマを感じさせる、珍しいタイプの花を主役にした絵を見ました。

ウジェーヌ・ドラクロワ「花のバスケット」/Eugène Delacroix *Basket of Flower* (oil)

「フラワーバスケット」(Basket of Flowers)というタイトルの絵なのですが、フラワーバスケットは倒れていて、中に入っている花が、地面にこぼれて落ちています。絵の上部には、蔓のまいた朝顔(あるいは夕顔)が、バスケットにかぶさるよう、渦巻いた波のアーチを作っています。それ以外の庭の光景は、全体的に静かで、空も晴れ渡っています。なぜ、バスケットが倒れたのか、風のせいか、誰かが倒したのか、わかりません。「どうしたんだろう?」という想像をかきたてる絵です。

ドラクロワというと、歴史や物語、神話を題材とした絵画で有名で、前回、このブログでも、「ナッチェス」という、当時の人気小説を題材にした絵を、紹介しました。この「フラワーバスケット」では、主役として描かれているものは、花の入ったバスケットであるので、この絵を静物画と呼ぶことも出来ますし、それが庭に置かれているので風景画とも言えます。どちらにしても、この絵は「なぜ、バスケットは倒れているのか」とか、「なぜ、上部の蔓はこんなに渦巻いているのか」といった疑問を、見ている人の心に沸き起こさせますし、そこから、それぞれの人が、独自の物語を作って、この絵に付帯させるということが可能になっていきます。そして、どのような物語をこの絵画に付帯させるにしても、色使いのせいでしょうか、それは、不穏な物語であるように思われます。ドラクロワは、舞台監督や映画監督がするように、倒れたフラワーバスケットがある庭というシーンを描いて、ここでは語られていないドラマを表現しているのです。そのドラマ性というのは、ドラクロワの小説や歴史を題材にした作品と共通するものです。

見ている人が「参加する」絵

ジャック・ハムという人が書いた風景画の描き方の本に、良い芸術作品というのは、見ている人が「ただ見ているだけ」でなく、その作品に「参加」出来る作品であると言う記述があって、なるほどと思ったことがあります。まさに、このドラクロワのフラワーバスケットの絵というのは、絵を見る人が、「これなんだろう」と疑問も持ち、さらに、この絵を舞台に物語を作り出すことが出来るという意味で、「参加」をさそう作品だと思います。ドラクロワはこの絵で、「実際にはありえないように、色々な花を組み合わせる」ということを、試みたようです。ということは、ドラクロワ自身は、物語の派生を促進するということは、意識していなかったかもしれません。けれど、「ありえない」組み合わせで植物を描くという試みが、作品の不穏(ミステリアス)な雰囲気につながって、結果的に物語の発生を促しています。

朝顔の描き方

先ほど、この絵の上部に渦を巻いているのは、朝顔か夕顔だと言いましたが、ドラクロワは、「フラワーバスケット」を描く前に、習作として朝顔の蔓をパステルで描いています。

ウジェーヌ・ドラクロワ「朝顔のアーチ」/Eugène Delacroix "Arch of Morning Glories, study for " A Basket of Flowers"

ウジェーヌ・ドラクロワ「朝顔のアーチ」/Eugène Delacroix “Arch of Morning Glories, study for ” A Basket of Flowers” (Pastel)

日本の朝顔の概念からは、かけ離れた、奔放な(というか、ほとんど暴力的とも言える)朝顔の様子ですよね。私としては、朝顔と言えば、鴨長明「方丈記」で、短い花の寿命が、人間の一生の儚さに例えられたイメージがあるので、ドラクロワの朝顔を見ると、その力強さに(花と言うより蔓の力強さですけれど)、唖然としてしまいます。ちなみに、現在、同じメトロポリタン美術館の日本館で、歌川広重の朝顔の版画が展示されています。

歌川広重「朝顔」/Hiroshige Utagawa "Morning Glories"( Polychrome woodblock print)

歌川広重「朝顔」/Hiroshige Utagawa “Morning Glories”

広重とドラクロワの、朝顔の描き方の違いは、もちろん、文化的な違い(日本とフランス)に根差すものではあるのでしょうが、広重はともかく、ドラクロワの朝顔に対するアプローチが、単に彼のフランス人であることのみで説明できるかどうかは不明です。ドラクロワは、当時のアート界の常識を打ち破る発想力で、同時代のフランス人を驚かせるような画家であったのですから。

というわけで、本日の作品は、ウジェーヌ・ドラクロワ「フラワーバスケット」/Eugène Delacroix “Basket of Flowers” (1848–49) でした。

ドラクロワのインク画についてのブログ・エントリーはこちら

ドラクロワの、鉛筆画やインク画を、メトロポリタン美術館で見てきました。ロマン主義の巨匠が、どのように絵の練習をしていたかが、この展覧会では見れます。この虎の絵は、たぶん短時間でかかれたものですが、躍動感があって、ドラクロワの対象を観察して表現する技術を象徴している作品です。

ドラクロワの油絵「ナッチェス」についてのブログ・エントリーはこちら

ロマン派の巨匠ドラクロワが、当時人気のシャトーブリアン作の小説を、絵画で表現した「ナッチェス」。戦争中、暴力から逃れる途中、赤ん坊が誕生した直後の、アメリカ先住民カップルの様子を描いた作品です。
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