ウジェーヌ(ユージン)・ドラクロワ 「ナッチェス」

メトロポリタン美術館では、2018年の秋より2019年の1月まで、大規模なウジェーヌ・ドラクロワ展が行われています。フランスの美術館所蔵の作品や個人が所有しているものなど、普段は北米では見れない作品が見れる機会です。ドラクロワは、フランスのロマン派代表格で、生前から認められた巨匠、続く印象派やモダニズムの台頭に大きな影響を与えた画家です。彼の作品はサイズが大きいものが多く、色使い、テーマなど、どれをとっても濃厚です。9月から開催されていましたが、作品数の多い展示会ということもあり、かなり元気な状態で行かないと、作品負けすると思って、しばらくタイミングを見てました。ちょうど、11月の休暇中の土曜日に、睡眠時間ばっちりの日がありましので、訪れることにしました。先に見ていた友人から、「濃厚だし、宗教がかってるからさー」という、どちらかと言うと否定的な感想を聞いていたのですが、私は、予想より、楽しめました。確かに、2時間半のドラクロワ漬けで、疲れましたけれど。

というわけで、本日は、展示会で見た作品の中から、メトロポリタン所蔵、「ナッチェス」という絵について、書いてみたいと思います。

ウジェーヌ・ドラクロワ「ナッチェス」/Eugène Delacroix "The Natchez"

ドラクロワの絵における物語性

ドラクロワの絵画については、その感情表現、色使いなどがよく語られていますけど、今回の展覧会を見て私の印象に残ったのは、絵画のドラマ(ストーリー)性です。ドラクロワは、バイロンの詩や当時の人気小説、ギリシア神話、シェークスピア、歴史上の出来事など、ドラマ性のあるストーリーを題材にした絵をたくさん描いています。上の「ナッチェス」も、当時人気であった、シャトーブリアンの「アタラ」という、18世紀のフレンチ=インディアン戦争を舞台にした小説を題材にした絵画です。絵の中の二人は、アメリカ先住民のカップルで、自分たちが住む村が襲撃されたので逃れて、ミシシッピ川のほとりにたどりつくのですが、そこで妊娠中であった女性が、産気ついて、子供を産んだ直後の様子です。フレンチ=インディアン戦争では、植民地(現在の米国)の領土をめぐって、フランスとイギリスが戦いましたが、先住民はフランス側についた種族とイギリス側についた種族がいたようです。この二人は、フランス側についた種族のカップルなのでしょうか。

ドラクロワは、アメリカ大陸には行ったことはなく、ミシシッピ川を見たこともないので、カップルの様子などを含めすべて、全て想像で制作されています。メトロポリタンの解説によると、「聖なる家族(ヨセフ、マリア夫婦とキリスト)を思いおこさせる描写で、(先住民のカップルおよび聖なる家族)両者の子供の悲劇的な未来を暗示している」とのことです。背景の、嵐の到来を予感させる雲や川の様子が、赤ん坊の未来を示唆しているということでしょうか。この一枚の絵に、カップルが逃げて来た暴力と、生まれた子供の未来、そして子供を授かった二人の感情といった色々の要素が、凝縮されて表現されています。

女性は、お産の後ということで、疲れた顔をしてるのに対して、男性の表情はとても穏やかです。また、赤ん坊がくるまれている布の赤色が、非常に印象的ですけれど、何を象徴しているのでしょう。フランスの国旗に使われている色でもありますし、血の色でもあります。

実際に女性が川辺で子供を産んだ場合、この絵のような感じにはなりえないでしょうし、男性の羽根飾りやイヤリングも、アメリカ先住民の現実の装いからは、かけ離れているように思われます。その意味で、この作品は、リアリズムとは言え、ここに描かれたような現実は起こりえない、ドラクロワが自身の美意識にそって作りあげたシーンです。けれど、また、アメリカ先住民のカップルが逃げる途中に子供が生まれるという出来事自体は、フレンチ=インディアン戦争という実際に戦われた戦争中に、『実際に起こったかもしれない出来事』であります。そういう出来事を、色彩やシンボリズムを通して象徴的に、表しているのです。

ドラクロワは、フランス革命直後の生まれで、ナポレオン一世の失脚から、七月革命、共和政から再度ナポレオン三世の帝政と、政治的にとても動きの激しい時代を生きました。この間は、暴力的な事件(革命)が立て続けて起こった時代でしたし、ドラクロワもそういった暴力を目撃することもあったと思います。ドラクロワは、実際あるいは架空の暴力を、絵画に表現するのをためらわなかったので、当時としては非常に革新的だったのですが、彼の絵の暴力や悲劇は、私たちの時代に見られるように、むき出しの感情としてリアルに表現されるのではなく、クラシックの美の規範の中で表現されています。

七月革命の際には、「民衆を導く自由の女神」という、同時代の出来事を題材にした作品も制作したドラクロワですが、成功したアーティストで上流階級からの仕事も受けていたドラクロワにとって、外国が舞台のフィクションや過去の物語を描くことは、実際に起こっている国内政治から、アーティストとして距離をとるという効果もあったようです。この「ナッチェス」という作品も、アメリカ大陸を舞台にした小説を題材に描かれたものですが、彼の生きた時代のフランスを、間接的に描いた作品と言えるのではないかと思います。

というわけで、本日の作品は、ウジェーヌ(ユージン)・ドラクロワ 「ナッチェス」/Eugène Delacroix “The Natchez” (1823–24,1835) でした。

ドラクロワのインク画について興味がある方はこちらからどうぞ!

ドラクロワの、鉛筆画やインク画を、メトロポリタン美術館で見てきました。ロマン主義の巨匠が、どのように絵の練習をしていたかが、この展覧会では見れます。この虎の絵は、たぶん短時間でかかれたものですが、躍動感があって、ドラクロワの対象を観察して表現する技術を象徴している作品です。

スポンサーリンク
rectangular large
rectangular large

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
rectangular large