歌川広重 「燕子花(かきつばた)に川蝉」

先日、メトロポリタン美術館で、葛飾北斎の「富嶽三十六景」を見る機会があったことについて書きましたが、同じ部屋には、歌川広重の作品も展示されてました。そこで、今回は、細長い紙に刷られた短冊絵と呼ばれる版画、「燕子花(かきつばた)に川蝉」という作品について、書いてみたいと思います。

歌川広重「燕子花(かきつばた)に川蝉」/Hiroshige Utagawa "Kingfisher and Irises"

メトロポリタン美術館では、短冊画が10枚ほど、展示されていましたが、どれも鳥と植物、あるいは、そのどちらかをが題材とした、花鳥画ばかりでした。そして、全てに和歌が記入されています。

燕子花(かきつばた)は、日本の画家の題材になることも多い花ですが、英語ではアイリスとなり、フィンセント・ファン・ゴッホも好んで描いた花でした。このブログでも、以前に、メトロポリタン所蔵のゴッホの「アイリス」について紹介しました。ゴッホは、日本の浮世絵のファンで、歌川広重の作品も購入して持っており、ジャポニズムの影響を受けていることで知られています。けれど、広重の描いた燕子花の短冊絵と、ゴッホの「アイリス」を比べてみると、構図の取り方などが、全く違っています。そこで、本日は、その辺りを詳しく見てみたいと思います。

ゴッホの描いたアイリスの絵は、いくつもありますが、メトロポリタンが所蔵している作品は、こちらです。

フィンセント・ファン・ゴッホ「アイリス」(油絵)/Vincent van Gogh"Irises" (Oil)

ゴッホの「アイリス」と、広重の「アイリス」

広重が描いた日本の燕子花と、ゴッホがフランスで描いたアイリスでは、同じアイリスといっても、品種が違うでしょうし、版画と油絵という違いもあります。けれど、そういったことを超えて、ひとつ大きく違う点は、それぞれの構図、空間の使い方ではないでしょうか。

このブログで、ゴッホの作品を紹介した時にも書きましたが、ゴッホの「アイリス」は構図的に、中央から四方に広がる形の構図となっています。この構図と、ゴッホの筆使いの相乗効果で、この絵はとても躍動感のあるものとなっているのです。また、その躍動的に描かれているアイリスに対して、花瓶や机という「生物ではないもの」が配置されることで、アイリスの生物としての存在感が強調されることとなっています。全体的に、この絵からは、力強さのようなものが感じられるのでは、ないでしょうか。

フィンセント・ファン・ゴッホ「アイリス」構図説明/Vicent van Gogh "Irises" Composition Movement

対して、広重の作品では、上部から降りてくるように飛ぶ川蝉と、下から上に向かって伸びる燕子花が、描かれており、方向的には、絵の内側に向かう構図となっています。

歌川広重「燕子花と川蝉」構図/HIroshige Utagawa "Kingfisher and Irises" Composition

川蝉は、降下しており「動」のものですが、燕子花はゴッホのアイリスに比べて、静かな印象です。しかし、やはり上に向かって伸びている感じはあります。

私は、広重のこの作品では、和歌と広重の名前が、絵に対して異質のものとして、ゴッホの花瓶と机の役目を果たしているように思います。文字の配置は、燕子花(川蝉に比べて長い)の横に広重の名前(和歌に比べて短い)、川蝉(燕子花に比べて短い)の横に和歌(名前に比べて長い)となっており、非常にバランスがよくなっています。また、何もない空間が、全体面積に対して半分くらいは残されており、風通しが良い構図となっています。

二人の作品を比べると、躍動感という意味では、ゴッホの「アイリス」の方が断然あります。広重の「燕子花と川蝉」には、川蝉の降下する姿勢せいで、ゴッホの作品にはないスピード感が感じられます。広重作品では、背景色のみとなっている空間が広いせいで、より静けさが感じられて、ゴッホの絵と比べると、淡泊な印象ではないでしょうか。つきなみな比喩なのですが、ゴッホをソースに例えるなら、広重はお醤油的な感じです。

ゴッホと広重のアイリスの色使い

よく見ると、歌川広重の「燕子花と川蝉」では、花と鳥の部分に同じ色が使われています。広重は、北斎と同じく、青の使い方で知られていたのですが、こちらの作品では、紺に近い青色とオレンジ色が、燕子花と川蝉の両方に使用されています。この2色は、補色の関係にある色です。燕子花の葉の部分にも、緑がかった青の濃淡とオレンジが使われ、背景も同系の色となります。

ゴッホの「アイリス」の背景は、今は色あせてしまいましたが、元々はピンク色ででした。この色は、アイリスの葉や机の緑とは補色の関係にあります。ゴッホは、色彩学を学び、積極的に作品に取り入れていましたが、広重の時代の日本には、体系的な色彩学のようなものはなかったでしょうから、この時代の日本人アーティストは補色の関係にある色を使用するということを、感覚的に学んでいたのではないかと、想像します。どちらにしろ、広重の「燕子花と川蝉」も、ゴッホの「アイリス」も、色彩的に、バランスがとられた作品なのです。

同じアイリスが描かれている作品とは言え、ゴッホと歌川広重の作品は、構図の取り方や、使われている絵具が影響して、まったく違う印象を与えます。けれど、補色の使いかたなど、共通点もあります。同じ対象物を描いても、アーティストによって、違ったアプローチや画風があるのは当然ですが、この二人の違いは、やはり、所属する文化の違いが影響していると思われます。

ふと考えるのは、ゴッホは、歌川広重の作品を手に取る機会がありましたが、もし、広重がゴッホの作品を見る機会があれば、どのようなことを思ったのかということです。

ということで、今日の作品は、歌川広重の「燕子花(かきつばた)に川蝉」/Hiroshige Utagawa “Kingfisher and Irises” (1832–34)でした。

フィンセント・ファン・ゴッホの「アイリス」についてのブログ・エントリーはこちらです。

ゴッホが、療養中に描いた作品「アイリス」。この絵の背景は、元々、ピンク色だったのですが、色あせて現在の状態になりました。ゴッホが用いた色彩理論や、躍動感を表現する構図、また作品と画家の人生の関係について、考えてみました。

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