エロス(キューピッド)の大理石彫刻

メトロポリタン美術館の、ギリシア、ローマ時代の作品が展示されているエリアには、壊れた彫刻がたくさんあります。鼻がかけているものや、胴体だけのもの、中には下半身の一部だけなんていうのもあります。特に、ギリシア時代に作られたものというのは、現在発見されているものはごく一部で、当時作られたものは、そのほとんどが失われしまっているので、部分的にでも発見されたものは、非常に貴重なのです。紀元前何百年という時代のものですから、失われてしまっているのも、当然といえば当然のことですが。

このエロス(ギリシア神の一人でローマ名はキューピッド)の胴体部分は、プラクシテレスという、ギリシア時代に名をはせた、紀元前4世紀の彫刻師の作品を、ローマ時代に複製したものです。プラクシテレス作とされるオリジナルは、アポロンの像だったのですが、この複製の作者は、エロスに変えて像を作成しました。エロスですから、もともとは、羽根があったのですが、もげてしまって、羽根の根元の跡だけが残っています。エロスの像(胴体)大理石/Marble Torso of Eros

ギリシア彫刻師、プラクシテレスの曲線美

プラクシテレスの作品は、その曲線美に特徴があり、そのことから、この作品も彼のスタイルであると考えられているようです。この作品のオリジナルが誰のものであっても、確かに、筋肉の付き方の表現と、波打つ体の線が、美しいですよね。他の角度から撮った写真を見ると、どの方向からみても、非の打ちどころがありません。壊れた彫刻ですが、十分、見る価値があります。私は、スケッチブックを持って、メトロポリタン美術館で作品のスケッチを、時々するのですが、このエロスの胴体部分も、そんなスケッチ対象の一つとして発見しました。特に、土曜の夜など、遅くまでメトロポリタンが開いている時に、外の光が入らず、展示場が少し暗くなると、曲線や筋肉部分が作る影が、よりはっきり見えるようになって、その美しさが際立ちます。

エロスの像(胴体)大理石/Marble Torso of Eros

エロスの像(胴体)大理石/Marble Torso of Eros

後ろから見ると、エロスの羽根がついていた場所が確認できます。

古代ギリシア時代における肉体美

古代ギリシア時代に書かれた本など読むと、当時の男性にとっては、肉体美というのが、とても大切な美徳と考えてられていたことが、わかります。プラトンの作品でも、ソクラテスが、若い男性の「美しさ」について話すところが登場します。当時、「男性は美しい方が良い」という価値観があったのです。また、現代でも、絵を人物画を描く時に基本とされる、人間の体を八頭身とする見方も、ギリシア時代に確立されたものです。ギリシア時代における肉体美の賛美は、ルネッサンスを経て、近代の美術へと受け継がれています。以前、このブログで紹介したロダンのキューピッドの彫刻も、この系譜の中にあるものです。現代も見られる、筋肉の発達した八頭身を、美の基準とする見方は、古代ギリシアが源なのです。

日本について考えてみると、例えば、「源氏物語」では、主人公はとても美しい男性であったとされています。日本においても、美しい男性が良しとされるということはあったと思われますが、近代以前には、服を脱いだ時の肉体美みたいなものは、重要視されずに来たように思われます。そもそも、もし紫式部が、ギリシア彫刻を見る機会があったとしても、その筋肉隆々の姿を「美しい」と思ったかどうかは不明です。「やっぱり、男は、柳腰の方じゃなくちゃ。」と言ったかもしれません。何を「美」とするのかというのは、漠然とでも定義され、広く受け入れられる必要がありますが、それは時代や文化によって違うことが、往々にしてあるものです。普遍的な美が存在するかどうかは、議論の対象であり、そのようなものが存在するかどうかは、わからないのです。

ギリシア、ローマ時代の彫刻は、白くなかった

美というものの基準について書きましたが、古代ギリシア時代やローマ時代の彫刻と言えば、大理石の白がトレードマークのように思いがちですが、実際にはギリシア時代の作品にはブロンズのものも多く、元は、鮮やかに着色されていたのです。つまり、ギリシア、ローマ時代に作られた彫刻は、オリジナルの状態では、白ではなかったのです。このエロスの像も、作られた時には、皮膚の色などが、着色されていて、時間の経過で、着色が剥げ落ちた状態で発掘されたのです。

ルネッサンス以降の西洋美術の中では、ギリシア、ローマ彫刻は白という認識があり、「白だから美しい」と考えられて来たのですが、実際には、古代ギリシア人は、全く違う考え方をしていました。それは、プラクシテレスが、自分の作品の中でどれが好きかと尋ねられた時に、「ニキアス(同時代の有名な画家)が、手を加えてくれたもの。」と答えたという逸話からもわかります。古代の彫刻家にとっては、着色されたものが、より完成した美しい作品であったのです。けれど、白い彫刻を見ることに慣れた私たちは、大理石そのままの作品の方が美しいように感じてしまうのではないでしょうか。

サラ・ボンド氏という、ローマ時代の研究を専門とする大学教授が、フォーブス誌に、この「クラシック彫刻=白=美しい」というのは、ヨーロッパ中心主義と関連した認識であるという意見を掲載しています。ヨーロッパ中心主義とは、欧州起源の白人文明をそれ以外の文明より、絶対的に洗練された文明と見る見方です。一般的にギリシア、ローマ文明は、現在の欧米文明の夜明けとされているため、この時代に作られた彫刻の白の美しさは、白人の肌の色の美しさ、洗練された文化の象徴と関連付けされるわけです。ボンド氏は、さらに、ローマ時代やギリシア時代には、人種を基準にした差別は、今のようには存在せず、特にローマ時代は国が広範囲にわたっていたため、住人の肌の色は多様で、ローマ帝国を白人国家とする見方には問題があるとしています。最近、ニューヨーカーに掲載された記事『クラシック彫刻の白さという神話』よると、ボンド氏は、大理石の古代彫刻が、白人優位主義のアイコンとして使用されていることに危機感を持ったため、この記事を書いたのですが、その後、嫌がらせのメールを受け取るようになったということです。白人優位主義をとなえる人たちにとっては、ギリシア、ローマ時代の彫刻が白であり、ローマ帝国が白人国家であるということは、非常に重要な意味を持つものなのです。

このように、古代ギリシア、ローマ時代の彫刻を通じて、美意識というものの源泉について、少し考えてみると、私が、エロスの像を見て「美しい」と言っていることも、私が知っている美しさの定義に、エロス像が合致しているから、美しく見えているということに、気づきます。私は、20世紀の日本で育ちましたが、その時代は、美しいもの、洗練されたものというのは、欧米のものであるという価値観が主流であったと言えると思います。そのため、白い大理石で、しっかりと筋肉が表現された男性像が、美しく見えてくるのでしょう。私は、欧米以外の多様な美を理解できるし、日本的な美というものも理解できるとは思っているものの、そういった欧米以外で作られたものを見るときも、欧米的美意識というレンズを通して見ているように思います。

こういった欧米的美意識を、私が持っていることが問題かというと、そうでもないのかもしれません。ただ、そのことを意識することで、私にとっての「美しいもの」の範囲を、意識的に広げられる可能性が出てくるとは思います。

というわけで、本日は、ローマ時代、紀元1世紀あるいは2世紀に作られた、エロスの大理石彫刻(胴体部分)/Marble torso of Eros について書いてみました。

ロダンの彫刻、「キューピッドとプシュケ」について書かれた記事はこちらです。

ロダンの「キューピットとプシュケ」は、恋人同士が別れる瞬間の抱擁、瞬間的な感情の凝縮を表現した大理石彫刻です。ロダンのリアリズムについて、考察してみました。
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