ジョアン・ミロ「鳥に向かって石を投げる人」

ニューヨーク近代美術館で、ジョアン・ミロの作品を集めた展示会がありました。シュルレアリスム(超現実主義)というムーブメントに属していたミロは、見たものを写実的に描くという伝統から離れ、見る人の無意識に作用するのを目的としたような絵を描きました。そんなミロの絵を見ていると、コミュニケーションは、言語または理論的な思考を超越した方法でも、可能なんだと思えます。

今日は、ミロの展示会で見た作品の中から「鳥に向かって石を投げる人」という絵について書いてみたいと思います。

ジョアン・ミロ「鳥に向かって石を投げる人」/Joan Miro "Person Throwing a Rock at a Bird" Oil

ジョアン・ミロ「鳥に向かって石を投げる人」/Joan Miro “Person Throwing a Rock at a Bird” The Museum of Modern Art New York

ジョアン・ミロとシュルレアリスム

以前に、ミシェル・フーコーの本を読んだときに、「フロイトによる無意識というコンセプトは非常に革新的なもので、人の考え方を完全に変えてしまったものである」的なことが書いてあって、なるほどと思ったことがあります。心の中で意識されていること以外に、意識されない層が私たちの心理の中にあって、意識や行動に影響を与えているというのは、私たちの世代にとっては当たり前になっているところがありますけれど、フロイト以前には、そういうことは、何となくわかっている人はいたかもしれませんけれど、呼称すらなかったのです。無意識な領域に「無意識」という名前をつけて、人々に意識させたのはフロイトで、そういう意味で、フロイトは私たちのものの見方を完全に変えてしまったのです。

ミロの属するシュルレアリスム(「超現実主義」)は、「無意識」や夢の領域が表現するものを、詩やビジュアルアートで表現して行こうというムーブメントでした。そういう表現は、理論的、理性的なものとは、違ったものであると考えていたようです。つまり、フロイトの理論があって始めて、シュルレアリスムが起こってきたのです。また、シュルレアリスト達は、マルクスの理論にも影響されいました。マルクスも経済や政治、哲学の分野で、フロイドと同じように、百年以上にわたって議論される理論を提示した思想家であったわけで、シュルレアリスムは、そういう二人の理論が源にあるところから始まった、20世紀前半の前衛的芸術ムーブメントだったのです。

興味深いと思うのは、フロイドの精神分析や、マルクスの理論というのは、言語によるコミュニケーションなしにはありえないわけですが、ミロのビジュアルアートは、非常に単純化されたシンボル的な絵であり、理論的な思考を介さず、ビジュアルだけで見る人の心に直接アクセスするものであることです。よくわかりませんが、無意識そのものの表現というよりは、『意識的思考と無意識なものが混ざったところを起点として、それを絵画として見ている人の無意識に向かって表現』しているように思います。見ている私たちは、ミロの絵を見て感じることを言語化した思考として理解する必要はまったくなく、感想が「これおもしろいね」とか「好きだな」「色がきれい」などという表現にしかならないとしても、無意識の方でしっかり受け止めているという感じでしょうか。

けれど、無意識というのは、あるということになっている領域で、そこで何が起こっているかを意識することは、まず無理なわけです。たとえば、ミロの絵を見て、無意識が何らかの情報を得ていたとしても、意識に昇ることがなければ、それはないのと同じであるとも言えます。しかし、意識上に何らかの変化が起こったけれど、何が原因か意識出来なくても、それは無意識の変化が原因であるということも可能性としてはあるというところがおもしろいところです。もちろん、前提として、無意識という領域があるのとないのでは、大きな違いがあります。

子供が描くように大人が描くのは簡単ではない

このミロの作品、「鳥に向かって石を投げる人」は、一見、子供が描いた絵のようでもあります。芸術家というのは、ミケランジェロやラファエロのように、目が見るものを、平面上に美しく再現するスキルが、非常に高い人とされている伝統があるとすれば、ミロの描く絵というのは、そういった技術がない人でも描けるものかもしれなせん。けれど、大人が、まして20世紀始めに美術学校に行った人が、子供が描くように描くというのは、なかなか出来るものではありません。ピカソも、スキルはあったわけですけれど、最終的には、子供が描くように描くようになったと言っていたと記憶していますけれど、そこに行くには、相当なエネルギーが必要です。「これで、どうだ!」みたいな心意気がないと、大きなキャンバスに、自由に描く勇気と言うのは、なかなか出るものではありません。上のミロの絵も、73センチX92センチあります。また、一見、「子供の絵のよう」では、ありますけれど、波型の先の、赤色など、何を意味するのかは不明ですが、子供が描いたものではなかなかありえない、細部に注意が行き届いた作品なのです。実際、ミロは、一つの絵を何年もかかって仕上げることもあり、そういう意味で、フロイトやマルクスを踏まえて思考する大人が、熟成させながら描いた、子供の絵のように見える絵であるわけです。

いわゆる美しい絵という種類の作品ではないかもしれませんが、私は好きです。カードを買って、冷蔵庫に貼ることにしました。

というわけで、本日は、ジョアン・ミロ「鳥に向かって石を投げる人」/Joan Miro “Person Throwing a Rock at a Bird” The Museum of Modern Art New York, Oil on Canvas, 1926についてでした。

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