ジョン・シンガー・サージェント 「マダムX」

今日は、19世紀末から20世紀の始めに活躍した、ジョン・シンガー・サージェントの有名な肖像画「マダムX」について、書いてみたいと思います。この絵は、メトロポリタン美術館の、アメリカン・ウィングに展示されています。

ジョン・シンガー・サージェント 「マダムX](油絵)/John Singer Sargent "MadameX" (Oil)

肖像画について

私、前は、肖像画というのを見るのが、それほど好きじゃなかったんです。それは、美術館にあるような肖像画が、だいたいにおいて、それぞれの時代のお金持ちの人か上流階級の人がすました顔で座ってるのを描いたもので、見ても「ふーん、こんな人が生きてたんだ。」と思うだけで、終わっていたからです。考えてみると、写真を見るような感覚で見てたんです。実際、写真のなかった時代には、描かれている人の姿を後世に残すには、彫刻にするか、絵に描いて残す位しか選択肢がなかったので、肖像画が今でいう写真の役割をしていたと思います。ということは、手軽に写真がとれる現代では、肖像画の在り方や価値自体変わってきますよね。

私の肖像画の見方が、だいぶん変わってきたのは、自分でも人物画を描く練習をするようになって、どういう風に描かれてるか、観察するようになってからです。どんな絵でも描くのは難しいんですけど、人物画はごまかし効かないというのがあります。似てるか似てないとかも明白ですし、わざとゆがませて描いている以外、人間の体とか顔のパーツとかは不自然だと誰でも気が付きますから。技術を積むために練習が大切で、その一環で、有名な人の絵を模写して練習しているうちに、人物画を見るのが、前より楽しめるようになってきました。

ジョン・シンガー・サージェント

サージェントは、肖像画で有名で、メトロポリタンにも大きな肖像画がいくつか展示されていますが、私にとっては、水彩画の巨匠として、とても大切な画家です。私は今まで、アメリカで、何人かの水彩画の先生のクラスとったり、水彩画の本読んだりしましたが、ほんとサージェントの名前は必ず出てきます。もう一人、ホーマーというアメリカ人画家がいるのですが、この二人はツートップです。サージェントの水彩画は、ほんと、文句なしに素晴らしいです。10分とか20分とかで、描いたんじゃないのって思うような絵でも、お手本にすると学べることがいっぱいあります。水彩画は、紙に描かれるので、常設するといたみがすすむので、メトロポリタンで、サージェントの水彩画を見れるのは、期間限定の展示があった時だけなのですが、今年(2018年)もいくつか展示されていた期間があったので、さっそく見に行ってました。私の先生が、「サージェントは水彩は、楽しみのために描いてたんだ。」と言ってましたけれど、確かに、売却するには油絵の方が適したメディアのようで、主に、サージェントが若いころにお金を稼いだり、名前をあげたりしたのは、油絵の肖像画を描いてだったようです。

というわけで、サージェントは、ヨーロッパのお金持ちや上流階級の人たちから注文を受けて、肖像画を描いて成功したのですが、50歳くらいの時に、それに疲れたのか、注文で肖像画を描くのをやめてしまい、風景画や水彩画に集中するようになります。風景画の中に人物が含まれる絵は、油絵でも水彩画でもたくさん描いていますので、人物描くのが嫌になったというわけではなく、「注文されて描く」というのをやめたようです。この、「マダムX」は、なんとサージェント26歳の時の作品なのですが、これは注文を受けて描かれたものではなく、サージェントが、自分の評判を上げるために、ピエール・ゴートローという男性の奥さんに頼んでモデルとなってもらって描いたものです。とても、大きな肖像画で、縦が2メートルくらいあるので、人物は実物大か、それより大きいくらいなのではないでしょうか。スケッチや水彩で何度も習作を重ねるなど、時間をかけて描かれた大作です。

マダムXとスキャンダル

この絵は、タイトルが「マダムX」となっていますが、これは、サージェントがこの絵を最初に発表した時に、一大スキャンダルとなり、モデルの名前は匿名にしたと言うこと。というのも、上の絵では、女性のドレスのストラップは両方肩にかかっていますが、元々は、右肩から落ちた形で描かれていて、それがエロチックすぎるということで非難の的になったのです。サージェントは、右肩のストラップ部分を描き直して、ずっと手元にこの絵を置いていたのですが、後年、メトロポリタンに売却することなったのです。オリジナルの絵は、もちろん見ることは出来ませんが、写真が残っていたようで、メトロポリタンに解説と共に展示してありました。サージェント「マダムX」オリジナル写真/Sargent Original "Madame X" photo

今は、もっともっと過激なヌードもありの時代ですが、100年以上前のフランス(この絵はパリで描かれたものです)では、肩から落ちたストラップだけで、大スキャンダルの元になったのです。それが理由で、サージェントは、イギリスに引っ越すことになってしまったとのこと。でも、イギリスに行って、注文で肖像画をたくさん描いて、売れっ子になったみたいですけど。ということで、この「マダムX」はサージェントの出世作と言えるのかもしれません。

「マダムX」は、スキャンダルを起こしたけれど、技術的に完成された、とても美しい肖像画である。

このブログの最初に、私は、絵を描くようになるまで、お金持ちがすまして座っている肖像画を見ても退屈だったと言いましたが、この「マダムX」は、やはりお金持ちの奥さんがモデルの絵なんですけれど、全然退屈しません。それは、注文で描かれたものではなく、画家が描きたくて描いた絵だということが、理由にあるのかもしれません。夫人の顔つきと皮膚の色などが、なんというか、冷たいツンとした感じがして、そこにドラマの予感がします。サージェントの肖像画は、モデルの人間性や人格が透けて見えるように描かれているのが、すばらしいと言われていますけれど、それは、サージェントの油絵の技術もありますが、モデルがとっている姿勢や、構図という面で、モデルの人間性を表現するように工夫されているからだと思います。

ゴートロー夫人、顔は横に向けていますが、体は正面を向いて立っています。サージェントは、色々なポーズでのスケッチをいくつも重ねた後に、このポーズに決めたようですが、この姿勢を保つのは、首が痛くなって、かなり難しいかと思います。もし彼女が正面を向いていたら、全く違った印象の絵になったでしょう。サージェントは、夫人の横顔が、正面より、彼女の人となりを表していると思ったのかもしれません。また、表情が全く笑顔ではなく、どちらかと言うと無表情なのが、肌の色の白さと重なって、近寄りがたい感じを表現しています。ドレスも持っている扇も黒なので、肌の白さがより引き立ちます。サージェントの他の絵などを見ると、白の使いかたがとても効果的なのですが、この絵では、肌の色がまるで主役のようで、印象に残ります。

私は、油絵は経験がないので、技術などについてあまりよく知らないのですが、ブラッシュ・ストロークと呼ばれる、わざと筆の跡を見せて質感を出す方法があると思います。この「マダムX」では逆に、筆の跡を見せない方法で描かれており、そのせいで滑るような肌の感じが出ています。

その他、気になる点としましては、光源の位置です。影の位置からわかるように、前方、向かって右側から光が当たっているように描かれています。これは、サージェントのお気に入りの光の加減だったようで、メトロポリタンのこの絵が飾ってある部屋にあった他の絵も、同じ光の射し方で描かれたものが、いくつもありました。

サージェント26歳の時の作品ですが、手の感じやドレスの皺の描きかた、テーブルにあたる光の加減など、技術的に、本当完成されていますよね。冒頭でも、言いましたが、私たちは、写真時代に生きているので、肖像画を見ていく時に、写真とは違う質感みたいなものがあると、より引きつけられるように思います。それは、雰囲気という言葉で表されることのなのでしょうが、この「マダムX」には、見る人の目を釘づける雰囲気というか、温度みたいなものがあると思います。

ということで、本日は、ジョン・シンガー・サージェントの「マダムX」/John Singer Sargent “Madame X” (1883-84)について、でした。

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