ジャック・ウィッテンのアクリル・タイル抽象画

日本では、ほとんど無名のアメリカ人画家、ジャック・ウィッテンの彫刻と抽象画を集めた作品展が、マディソン街のメトロポリタン別館ブロイヤーで、先日まで行われていて、閉会間近になりましたが、見に行くことが出来ました。アクリル絵具を、固めてから砕いて作ったタイルを使って描かれた、抽象的かつユニークな人物画は、どれも、とてもパワフルでした。今年亡くなったジャック・ウィッテンについて興味がわいて、もっと知りたくなった展示会でした。

ジャック・ウィッテン メトロポリタン展示/Jack Whitten MET exhibition

「アメリカン・アパルトヘイト」に生まれたウィッテン

ジャック・ウィッテンは、1939年アラバマ州の生まれのアフリカ系アメリカ人です。アメリカの南部は、キング牧師らがリーダーとなって、公民権運動が50年代起こってきた場所ですけれど、そのような運動が起こる背景には、南部において、人種差別がとても酷かったということがあるのです(あくまで北部と比較してということで、北部でも差別は歴然とありましたが)。白人と白人以外の公共の場所での活動は、バスや電車から、学校、水飲み場、レストランなど全て完全にわけられて、黒人住民に対するリンチなどの暴力も、頻繁におこなわれていました。ウィッテンの、生まれ育った町では、黒人は、美術館や図書館にさえ入ることを、許されていなかったのです。

私は、大学の英語の授業で、ジェームズ・ボールドウィンの短編小説「Going to Meet the Man」を読むことになって、そこに書かれているリンチの暴力シーンの残酷さに衝撃を受けた記憶があります。これが20世紀のアメリカにおける黒人の現実だったとは、にわかには、信じられませんでした。その短編小説の中で、白人たちは、休日にまるでピクニックに行くように、子供連れで、生きたまま吊るされ、壮絶な暴力の末、殺される黒人男性の姿を、見物に行くのです。アメリカに来て間もない私は、アメリカにおける人種差別の歴史や、それが形を変えて、今もある意味堂々と続いていることについて、理解が甘く、また、自分より若いアメリカ人のクラスメートたちが、なぜこんな暴力的な短編小説を読んで、平気な顔でいられるのか理解できませんでした。今から思うと、彼らにとってはこの短編小説に書かれているリンチの描写は、周知の事実であり、新しい情報ではなかったのでしょう。

ウィッテンは、このような南部における暴力的な人種差別、人種隔離政策を「アメリカン・アパルトヘイト」と呼んでいます。一時期、公民権運動に参加した後、ウィッテンが、南部を捨ててニューヨークに引っ越したのも、この地域における差別の深さに、とことん、うんざりしたからでした。

このようなバックグラウンドを持つウィッテンは、アーティストになり、ある時より、固めたアクリル絵具を砕いて作るタイルを使って、社会に貢献したアフリカ系アメリカ人(ときには、他の国のアフリカ系)の絵を、描くようになります。モハメド・アリ、チャック・ペリーなどのミュージシャン、先に紹介したボールドウィンなどの作家を主題として、「ブラックモノリス」シリーズというタイトルで、発表されています。ラッキーなことに、私は「ブラックモノリス」の全ての作品を、今回の展示で見ることができました。

ウィッテンのアクリル画では、人物の絵と言っても、肖像画のように姿形が描かれているのではなく、ウィッテンの理解するその人物のエッセンスが、抽象的に描かれています。上の写真にある絵は、「ブラックモノリス」シリーズではありませんが、「アトポリス エドゥアール・グリッサン」というタイトルで、カリブ海のフランス領マルティニーク出身の作家、エドゥアール・グリッサンを描いた作品です。人物を主題としていますが、少し離れたところから見ると、まるで地図のようにも見えます。そして、近づいてみると、また違う質感が現れる作品です。

マテリアリティーの表現

ジャック・ウィッテンのアクリル・タイルを使った作品は、乾かした絵具を砕いて、モザイクのように貼り付けて描かれています。インタビューで、ウィッテンは、物語を絵画で表現することには興味がなく、『マテリアリティー』を表現していると言っています。『マテリアリティー』というのは、日本語では『素材感』あるいは『素材の存在感』と言った意味になるのでしょうか。それは、アクリル絵具のタイルとして素材の存在感とも言えると思いますし、主題として描かれている人物の質感、存在感の表現ともいえると思います。

下の写真は、「アトポリス」の一部をクローズアップで撮ったものです。アクリル絵具のタイルの形や色が、それぞれ違っているのがわかります。それらが集まって、模様を作り出しているのです。

ジャック・ウィッテン「アトポリス エドゥアール・グリッサン」クローズアップ/Jack Whitten "Atopolis For Édouard Glissant" Closeup

ジャック・ウィッテン「アトポリス エドゥアール・グリッサン」クローズアップ/Jack Whitten “Atopolis For Édouard Glissant” Close up (ニューヨーク近代美術館所蔵/The Museum of Modern Art, New York)

下の写真は、作家のラルフ・エリソンを描いた作品のクローズアップです。「アトポリス」の比べると、四角に近い形のタイルが多くなっています。この作品では、かみそりの歯が、人物の口にあたる部分に張りつけてあります。全体の絵は、こんな感じとなります。

ジャック・ウィッテン「ブラックモノリスII ラルフ・エリソン」クローズアップ/Jack Whitten Black Monolith II (For Ralph Ellison)

ジャック・ウィッテン「ブラックモノリスII ラルフ・エリソン」クローズアップ/Jack Whitten Black Monolith II (For Ralph Ellison) (ブルックリン美術館所蔵/Brooklyn Museum)

それぞれ、違った色で光るタイルは、個別の「情報を含んでいる」とウィッテンは言っています。そう言った意味では、それぞれのタイルは、コンピューターのチップのようでもあり、デジタル・アートのピクセルのようでもあり、人間の細胞でもあるのです。ウィッテンは、「物語を表現することには興味がない」と言っていますが、物語は、あるとすれば、このタイルの中にあって、それが光の加減で色を変えて光っているという感じでしょうか。

肌の色と芸術

ウィッテンは、物語を表現する絵画を描くことを拒否して、マテリアリティーの表現に徹したわけですが、そういった姿勢は、西洋絵画の中での、『物語を表現する絵画』という伝統を拒否していると言えます。このブログでは、ドラクロワの、ドラマの描写というものについて書いたことがありますけれど、ウィッテンは、そういった物語を描く芸術とは、違うものを作っているわけです。

長く、ヨーロッパにおける芸術というのは、白人の白人のための芸術であったわけで、黒人や有色人種というのは、芸術家として認められるなどということは、不可能であったわけです。アメリカにおいても、黒人は、長く奴隷として人権を否定され、さらに、解放後も差別されてきた歴史があり、アフリカ系アーティストが、世に認められるようになったのは、本当に、つい最近のことなのです。そういった長く抑圧されてきたグループに属するアーティストが、どのようなアートを表現していくのかというのは、一つの問いになることで、あると思います。また、ある程度認められた黒人アーティストには、現在も続く人種差別に対する抵抗を表明する責任があるという種のことを、コーネル・ウェストという学者は言っています。

ある意味、残念なことに、現在のアメリカおよび世界の状況では、始めに『肌の色ありき』というアメリカ社会の現実(あるいは世界の現実)から逃れた形での、芸術表現というのは、ほとんど不可能な状況となっています。また、多くのマイノリティー・アーティスト達は、積極的に、自分の属するグループの歴史や現実を主題とした制作活動を行っています。そういった作品は、政治的メッセージの強い作品となっていると思います。

南部の「アメリカン・アパルトヘイト」を体験した、ウィッテンにとって、社会に貢献するアフリカ系の人物画を描くというプロジェクトは、ごく自然の流れで、アフリカ系としての責任や政治を強く意識したものでは、必ずしもないかもしれません。けれど、同時に、彼の作品は、見る人に、人種差別という暴力に対する立ち位置のようなものを問うものであると思われます。また、私にとっては、日本人として、人種差別の被害者であるあった歴史、そして加害者として他者を傷つけた歴史を、思わずにいられない作品でもありました。

ウィッテンの作品や、生涯、スタジオでの制作風景は、英語になりますけれど、こちらのYouTubeビデオからご覧いただけます。

ウィッテンの拒否した、『物語』を表現する絵画の例に興味のある方は、ドラクロアについてのブログエントリーを、ぜひご覧ください。

ロマン派の巨匠ドラクロワが、当時人気のシャトーブリアン作の小説を、絵画で表現した「ナッチェス」。戦争中、暴力から逃れる途中、赤ん坊が誕生した直後の、アメリカ先住民カップルの様子を描いた作品です。
フランスのロマン派ドラクロワの花の絵は、植物が主役でありながら、物語性があってドラマチックです。上部に描かれた朝顔(あるいは夕顔)の力強さが、日本の伝統的な朝顔のイメージとは全く違っているところも注目です。

スポンサーリンク
rectangular large
rectangular large

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
rectangular large